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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(行ツ)82号 判決

上告人

和光堂株式会社

右代表者代表取締役

中村千春

右訴訟代理人弁護士

石井成一

山崎郁雄

被上告人

公正取引委員会

右代表者委員長

高橋俊英

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石井成一、同山崎郁雄の上告理由第一点の(一)ないし(五)について。

本件審決の認定するところによれば、三協乳業株式会社の製造する育児用粉ミルクの総発売元である上告人は、同粉ミルク「レーベンスA新製品」(以下「レーベンスA」という。)及び「新生児ミルクレーベンスN」(以下「レーベンスN」という。)を販売するにあたり、商品の価格維持を図るため、あらかじめその卸売価格及び小売価格を自ら指定し、これを販売業者に遵守させる方策として、(1)小売業者については、登録制を採り、右指示小売価格を守らなかつたときは登録を取り消すこと、(2)卸売業者については、上告人から卸売業者に対する販売代金として右指示卸売価格と同額を上告人に支払わせ、卸売業者の得べき中間利潤は上告人から別途に感謝金名義の歩戻金をもつて後払いするが、卸売業者が指示卸売価格を守らず又は登録小売業者以外の小売業者と取引したときは、右感謝金の額の算定につき不利益な処置を採ること、(3)卸売業者の販売価格及び販売先を確認するために個々の商品ごとに流通経路を明らかにさせること等の販売対策(以下「本件販売対策」という。)を決定し、これを販売業者に通知して実施したものである、というのであり、上告人がいわゆる再販売価格維持行為を行つたものであることが明らかである。そして、審決及び原判決は、上告人の右行為は、卸売業者と小売業者との取引を拘束する条件をつけて当該卸売業者と取引したものというべきであつて、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「法」という。)二条七項四号に基づき被上告委員会の指定した不公正な取引方法(昭和二八年同委員会告示第一一号。以下「一般指定」という。)の八に該当する、と判断しているのである。

論旨は、本件販売対策が卸売業者との取引を拘束するものであるとした審決の認定は不合理であり、特に審決が右拘束力の有無を判断するにあたつて最も重視すべき上告人の育児用粉ミルクの市場占拠率いかんを考慮していない点において重大な誤りがあるのに、原判決がこれを是認したのは違法である、という。

よつて案ずるに、一般指定八は、「正当な理由がないのに、相手方とこれから物資の供給を受ける者との取引を拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること」を不公正な取引方法の一つと定めているが、公正な競争を促進する見地からすれば、取引の対価や取引先の選択等は、当該取引当事者において経済効率を考慮し自由な判断によつて個別的に決定すべきであるから、右当事者以外の者がこれらの事項について拘束を加えることは、右にいう「取引」の拘束にあたることが明らかであり、また、右の「拘束」があるというためには、必ずしもその取引条件に従うことが契約上の義務として定められていることを要せず、それに従わない場合に経済上なんらかの不利益を伴うことにより現実にその実効性が確保されていれば足りるものと解すべきである。ところで、本件販売対策の内容は前記のとおりであるが、更に、審決によれば、育児用粉ミルクについては、その商品の特性から、銘柄間に価格差があつても、消費者は特定の銘柄を指定して購入するのが常態であり、使用後に他の銘柄に切り替えることは原則としてないため、特定銘柄に対する需要が絶えることがなく、これに応ずる販売業者は、量の多寡にかかわらず、右銘柄を常備する必要があるという特殊事情があり、このことは上告人の育児用粉ミルクについても同様であるところ、上告人と取引する卸売業者は、右粉ミルクのほかに、上告人の製造又は販売する他の多数の育児用薬品等をも取り扱つている、というのであつて、審決の右の認定はすべて実質的証拠に基づくものとして首肯することができる。このような事実関係のもとにおいては、たとえ所論のように上告人の育児用粉ミルクの市場占拠率が低く、販売業者の取扱量が少ないとしても、小売業者からの注文を受ける卸売業者としては、右粉ミルクについて上告人との取引をやめるわけにはいかないのであり、また、取引を続けるかぎり、前記感謝金による利潤を確保するために、上告人の定めた販売価格及び販売先の制限に従わざるをえないこととなるのはみやすいところであるから、審決が、本件販売対策は右市場占拠率のいかんにかかわりなく、相手方たる卸売業者と小売業者との取引を拘束するものであると認定したことは、なんら不合理なものではない。したがつて、右審決を是認した原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第一点の(六)及び第二点について。

論旨は、原判決が上告人の本件再販売価格維持行為に一般指定八にいう「正当な理由」がないとしたことは、法二条七項四号及び一般指定八の解釈を誤り、判断を遺脱したものである、と主張する。

案ずるに、法が不公正な取引方法を禁止した趣旨は、公正な競争秩序を維持することにあるから、法二条七項四号の「不当に」とは、かかる法の趣旨に照らして判断すべきものであり、また、右四号の規定を具体化した一般般指定八は、拘束条件付取引が相手方の事業活動における競争を阻害することとなる点に右の不当性を認め、具体的な場合に右の不当性がないものを除外する趣旨で「正当な理由がないのに」との限定を付したものと解すべきである。したがつて、右の「正当な理由」とは、専ら公正な競争秩序維持の見地からみた観念であつて、当該拘束条件が相手方の事業活動における自由な競争を阻害するおそれがないことをいうものであり、単に通常の意味において正当のごとくみえる場合すなわち競争秩序の維持とは直接関係のない事業経営上又は取引上の観点等からみて合理性ないし必要性があるにすぎない場合などは、ここにいう「正当な理由」があるとすることはできないのである。

所論は、再販売価格維持行為による価格の拘束について「正当な理由」を認めないことは、法二四条二の規定と矛盾する、と主張する。しかし、右規定は、再販売価格維持行為が拘束条件付取引に該当し、「正当な理由」がないかぎり違法とされるものであることを前提として、ただ、被上告委員会が、販売業者の不当廉売又はおとり販売等によつて生ずる製造業者の商標の信用低下等の弊害を防止するため、競争確保の要請を考慮してもなお価格維持を許すのが相当であると認めて指定した一定の商品並びに特殊な沿革的理由をもつ著作物の再販売価格維持行為にかぎつて、例外的に、「正当な理由」の有無を問うことなくこれを違法としないこととしたものであつて、販売業者間の競争確保を目的とする一般指定八とは経済政策上の観点を異にする規定であるから、右例外にあたらない商品の再販売価格維持行為につき個々の行為ごとに競争阻害性の有無によつて「正当な理由」の有無を決定することは、なんら法二四条の二の規定と矛盾するものではない。また、所論は、再販売価格維持行為が市場競争力の弱い商品について行われる場合には、それによりかえつて他の商品との間における競争が促進されるから、「正当な理由」を認めるべきである、と主張するが、前記のとおり、一般指定八は相手方の事業活動における競争の制限を排除することを主眼とするものであるから、右のような再販売価格維持行為により、行為者とその競争者との間における競争関係が強化されるとしても、それが、必ずしも相手方たる当該商品の販売業者間において自由な価格競争が行われた場合と同様な経済上の効果をもたらすものでない以上、競争阻害性のあることを否定することはできないというべきである。

原審は、以上と同旨の見解に基づき、上告人の本件再販売価格維持行為には「正当な理由」がないとし判断しているのであつて、審決の認定した事実関係のもとにおいては、その判断は正当として是認するに足りる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点及び第四点について。

論旨は、法二条七項は、特定の取引分野における特定の取引方法を不公正な取引方法として指定するいわゆる特殊指定のみを被上告委員会に委任した規定であつて、一般指定のごとき抽象的指定はその委任の趣旨に反するものであり、かりに同条項が一般指定をも委任しているとすれば、憲法四一条に違反する、と主張する。

しかし、昭和二八年法律第二五九号による法二条改正の経過及びその趣旨等に徴すれば、同条七項が特殊指定のみを被上告委員会に委任したものでないことは明らかであり、法七一条が特殊指定についてあらかじめ公聴会を開くべきことを定めていることは、特殊指定以外のものを否定する根拠となるものではない。そして、現行の一般指定は、法二条七項各号に定められた各行為類型をより個別的・具体的に特定しているのであり、流動する経済情勢のもとですべての事業分野に一般的に適用することを予定したものとしては、右の程度に特定されていれば法の委任の趣旨に反するものとはいえない。また、所論違憲の主張は、法二条七項が白紙委任規定であることを前提とするものであるが、同条項による委任の範囲が実質的に限定されていることは規定上明らかであるから、所論は前提を欠くというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第五点の(1)(2)について。

論旨は、要するに、(1)本件審判においては、本件販売対策がレーベンスA及びレーベンスNを対象とする施策であるとして手続が進められてきたのに、審決が、上告人の販売する育児用粉ミルク一般について右販売対策の排除を命じたのは、審判請求の範囲を逸脱して上告人の防禦権を侵害したものであり、また、(2)本件審判開始決定書には感謝金制度についての記載がなかつたのに、審決がこれを認定したことも、同じく防禦権の侵害であつて、これらを適法とした原判決は取消を免れない、というのである。

まず、右(1)の論旨について考えるに、本件審判開始決定書の記載と審判の経過を勘案すれば、本件において審判の対象として問擬されている事項は、上告人が昭和三九年六月二九日の営業部所長会議及び同年七月二三日の営業部会議で決定した育児用粉ミルクの販売対策そのものであつて、審判開始決定書にレーベンスA及びレーベンスNが挙げられているのは、たまたま当時の商品名が右の二つであつたことを示すにすぎず、本件販売対策がレーベンスA及びレーベンスNのみに適用されるものであるとする趣旨ではないと解される。それゆえ、審決が、右販売対策は上告人の販売する育児用粉ミルク一般に適用されるものであるとし、商品名を限定することなく排除措置を命じたことをもつて、審判請求の範囲を逸脱したものということはできない。また、審判の経過に徴しても、右販売対策の適用範囲に関する審決の認定につき、上告人が所論のように防禦の機会を奪われていたものとは認められない。

次に、(2)の論旨について判断する。

被上告委員会の審判手続は、事業者の法違反の行為により公正かつ自由な競争秩序が侵害されている場合に、右競争秩序を回複するため、同委員会が自ら審判開始決定をした事件につき、関係者に防禦の機会を与え、審決をもつて違反状態を排除することを目的とした行政上の手続であつて、民事若しくは刑事の訴訟手続とは性格を異にするから、その審判の対象の特定に関して訴訟手続におけると同様に厳格な手続的規制が要求されるものではない。このことと、審判手続については、被審人の防禦権を保障し審決の適正を期する趣旨から対審構造が採られていることを合わせると、審判の範囲又は審決の認定事実は、必ずしも審判開始書に記載された事実そのもののみに限定されるものではなく、これと多少異なる事項にわたつたとしても、事実の同一性を害せず、かつ、審判手続全体の経過からみて被審人に防禦の機会を閉ざしていないかぎり、違法ではないと解するのが相当である(昭和二六年(オ)第六六五号同二九年五月二五日第三小法廷判決・民集八巻五号九五〇頁参照)。ところで、本件審判開始決定書には感謝金制度に関する記載がなかつたことは、所論のとおりである。しかし、本件審判においては、先に述べたとおりの特定の販売対策に基づく価格維持行為が不公正な取引方法にあたるかどうかが問題とされているのであるから、右販売対策の内容の一環をなす感謝金制度について審理が及ぶことは当然であり、たとえ審判開始決定書自体にその具体的記載がなくても、被上告委員会が審決においてこれを認定することは、なんら事実の同一性を害するものではない。そして、右感謝金制度につき上告人が現実に防禦の機会を与えられていたことは、原審の判示する審判の経過からみて明らかなところである。したがつて、その点に関する審決の認定は、前記の場合にあたるものとして適法というべく、判例違反をいう所論は独自の見解にすぎない。

以上のとおりであるから、本件審決及びこれを是認した原判決に所論の違法はなく、論旨はいずれも採用することができない。

同第五点の(3)について。

論旨は、原審が、審判手続において上告人のした原判示(イ)の書類及び(ロ)の別件記録についての提出請求及び(ロ)の別件記録についての閲覧謄写請求を却下した被上告委員会の措置を是認し、かつ、原審において上告人のした右(イ)(ロ)の文書その他の新証拠の申出を却下したことは、法五二条一項、六七条、八一条一項に違反する。と主張する。

しかし、本件審判手続の経過に照らせば、右(イ)(ロ)の文書につき、これを証拠として取り調べる必要性がないとしてその提出請求を却下した被上告委員会の措置は相当であり、また、法六九条により事件記録の閲覧謄写を許される「利害関係人」とは、当該事件の被審人のほか、法五九条及び六〇条により参加しうる者及び当該事件の対象をなす違反行為の被害者をいうものであつて、上告人は(ロ)の別件記録については右にいう「利害関係人」にあたらないから、同委員会がその閲覧謄写請求を認めなかつたことも違法ではない。したがつて、原審において右各文書その他の新証拠の申出をすることが許されないことは、法八一条の規定上明らかである。原審の判断及びその訴訟手続に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第六点について。

論旨は、審決の取消訴訟においては、審判手続で取り調べられた証拠につき当事者から改めて証拠の申出をし、その証拠の標目を判決に摘示すべく、また、裁判所が新証拠の申出を却下した場合には、その申出のあつた事実と却下の理由を判決に示すべきであるのに、本件ではこれが行われていないから、原判決には適法に取り調べた証拠に基づかずに判決した違法及び訴訟手続の法令違背があり、これが許されるとすれば憲法三一条、七六条二項に違反することとなる、と主張する。

ところで、法八〇条は、審決取消訴訟につきいわゆる実質的証拠の原則を採用し、審決の認定した事実は、これを立証する実質的証拠があるときは裁判所を拘束する旨を定めている。したがつて、裁判所は、審決の認定事実については、独自の立場で新たに認定をやり直すのではなく、審判で取り調べられた証拠から当該事実を認定することが合理的であるかどうかの点のみを審査するのであつて、右訴訟の提起があつたときは、裁判所は被上告委員会に対して当該事件記録の送付を求めるべきものとされ(法七八条)、また、右訴訟においては、審判で取り調べられなかつた証拠の提出が制限され、裁判所が新たな証拠を取り調べる必要があると認めるときは、被上告委員会に事件を差し戻すべきこととされている(法八一条)のは、これを前提とするものである。このような審判と訴訟との関係からすれば審判は、制度上訴訟の前審手続ではないけれども、審判で取り調べられた証拠はすべて当然に裁判所の判断資料とされるべきものであり、右証拠につき改めて通常の訴訟におけるような証拠調に関する手続を行う余地はないと解すべきである。したがつて、原審が本件審判手続の証拠をもつて判断の資料としたことに所論の違法はない。その他の違法の主張は、いずれも原判決の結論に影響を及ぼさない事項に関するものであり、また、所論違憲の主張は独自の見解を前提とするものにすぎない。論旨は、採用することができない。

同第七点について。

論旨は、原判決の理由不備をいうが、本件審決がその認定事実中においてレーベンスA及びレーベンスNについてのみ言及したのは、本件販売対策がたまたま右二商品の販売を機に採られたものであることを示すためにすぎず、問擬の対象を右二商品の販売対策のみに限定する趣旨でないことは、審決全体から容易に理解しうるところであり、また、右販売対策が育児用粉ミルクの商品名いかんにかかわらず適用されるものであつたとする認定は、所論のように不合理であるとすることはできないから、論旨は失当というほかなく、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。

(下田武三 藤林益三 岸上康夫)

上告代理人石井成一、同山崎郁雄の上告理由

第一点 原判決には、理由不備、経験則違背および法令令違背の違法がある。――事実関係

一、(一) 原判決は、審決が「事実および証拠」の第一の二において、

「育児用粉ミルクについては、その商品の特性から、消費者は、銘柄を指定して購入するのが常態であり、使用後においては原則として他の銘柄に切り替えることがないため、このような需要に応じて販売する小売業者の注文に応ずる卸売業者は、小売業者の発注にそう銘柄を常備しておく必要がある。そして、このことは、被審人が販売する育児用粉ミルクについても、同粉ミルクについての卸売業者の販売量ならびに売上額のいかんにかかわらず、同様であるところ、被審人は、同粉ミルクを、一部病院、乳児院に直接販売するほかはすべて、被審人が製造または販売する他の多数の育児用商品および乳児用薬品等の卸販売を行なつている薬系の卸売業者に販売している。」(審決四および五ページ)

と認定した点について、上告人が実質的証拠を欠くと主張したのに対して、この事実は、原判決挙示の各参考人の各供述を綜合すれば、これを認定することができ、かつこのような認定をすることは不合理ではないとしている(原判決二六丁表)。

(二) 上告人の右についての主張は、上告人の原審における訴状第三項(一)、昭和四五年二月六日付準備書面(第四回)第一項(一)および同年三月六日付準備書面(第五回)第一項において詳細に述べてあるが、これらの上告人の主張を斥けた原判決には、つぎのような誤りがある。

(イ) すなわち、育児用粉ミルクは、その商品の特性から、消費者は、銘柄を指定して購入するのが常態であり、使用後においては原則として他の銘柄に切り替えることがないと認定されているが、

(ⅰ) 育児用粉ミルクの特性がこの点に関してはどのようなものであるのか

(ⅱ) 常態とか原則とかの表現は、その内容もしくは程度がどのようなものであるか

などが不明確であつて、審決のいう「このような需要に応じで販売する小売業者の注文に応ずる卸売業者」が「小売業者の発注にそう銘柄を常備しておく必要がある。」という認定との関連が理解できないものであり、かつ審決および原判決の挙示した証拠との関係も合理性を欠くものといわざるを得ない。

(ロ) 育児用粉ミルクの特性をいう場合には、同商品の性質および他商品との相違など必要な範囲において説示すべきある。

また消費者が銘柄を指定して購入したり、使用後において他の銘柄に切り替えない傾向は、今日の商品流通社会においては、殆んどすべてのブランド商品において共通してみられるところであり、さればこそこのようなブランド商品のメーカーは、そのブランドの普及と商品の差別化のために大規模な宣伝広告をなし、激しい競争を行なつていることは、公知の事実である。

ひとり指名買や使用後他の銘柄に切り替えることがないことが、常態であつたり、原則であることは、取引の実状においては、育児用粉ミルクに限らないといえる。

(ハ) つぎに、このような前提のもとに卸売業者にとつても小売業者の注文に応ずるため、当該銘柄を卸売業者が販売または売上高のいかんにかかわらず、小売業者の発注にそう銘柄を常備しておく必要があるとの点については、卸売業者に小売業者との相違を看過しているものである。

小売業者は一軒の卸売業者とのみ取引しているのではなく、複数の卸売業者と取引しているのが常態であり、かつ他の卸売業者との新規取引の開始は常に可能であるから、その小売業者は一軒の卸売業者で育児用粉ミルク全銘柄を揃えなければならないという必要性はない。

このことは容易に取引界において理解できるところであり、かつ本件訴訟にあらわれた資料によつてもたやすく窺うことができる。

なるほど卸売業者が育児用粉ミルクの全銘柄を揃えておくということは、業者として有利ではあろうが、そのことが審決や原判決のいうように、上告人の粉ミルクについても「同粉ミルクについての卸売業者の販売量ならびに売上額のいかんにかかわらず」必要であるということには到底ならないし、さらに上告人が卸売業者と小売業者との「取引を拘束」するか否かを認定するための前提として、どの程度の必要性があるのかについては、何ら説くところがないし、証拠によつてもこれを窺い知ることはできない。かえつて、上告人の育児用粉ミルクの販売量、他同業者との間の市場占拠率の差こそが拘束条件付取引の観点からは最大の要素であるとの経済の実態を故意に無視している。

もしこのような経済の実態ないし法則に反して、育児用粉ミルクの場合、前記のような商品の特殊性――銘柄の常備の必要性のため、市場占拠率いかんにかかわらず、卸売業者に対する拘束力を有し得るとするならば、市場占拠率と銘柄常備の必要性と、いずれが取引の実情において比重が高いかを比較論ぜられることなくして、かかる意味において銘柄の常備の必要性を説示することはできない。

(ニ) また審決や原判決は、上告人が「製造または販売する他の多数の育児用商品および乳幼児用薬品等の卸販売を行なつている薬系の卸売業者に販売している。」ことをもつて、上告人の卸売業者に対する拘束力の根拠の一つにしようとしているが、このことが特に上告人に限り何故に取引を拘束する力となるのかについて合理的な説示を欠き、明治商事株式会社など他の育児用粉ミルクの元売業者やメーカーもまたこれら商品を取扱い、卸売業者に販売しているという顕著な事実に目を覆い、この事実と矛盾する誤りを犯している。

(ホ) 以上によれば、審判を容認した原判決には、右のとおり理由不備もしくは齟齬および事実の認定において、経験則違反の違法がある。

なお、上告人の本件にのみ、本項で指摘した事実摘示があるのであつて、同じ頃審理および審決された訴外明治商事株式会社および森永商事株式会社の各審決においては、このような説示は全くみられないことは、同一の行政庁が同時になした審決としては極めて不可解であり、何故に上告人に対してのみこのような無理矢理のこじつけとしか解されない事実を認定しなければならなかつたのか、到底首肯し難いことを附言する(前記摘示が審理中全く争点になつていなかつた点については、前記準備書面(第四回)第一項(一)(2)および(3))。

(三)(1) 原判決は、審決が

「……右会議において、右販売対策として小売業者の登録制度ならびに感謝金制度および商品流通経路を確認する制度を設けることを決め、同年七月二三日の営業部会議においてその具体策を確定して、次のとおりの方法を決定した。」(審決六ページ)

「ウ 以上によつて生ずる卸売業者の配達手数料名義の差益(……略……)以外の利潤については、被審人から感謝金名義をもつて年二回にわけて後払いすることとし、……」

「(二) 右ウ記載の感謝金の額は、販売数量を基礎とするほか、さらに各卸売業者ごとに売上伸長率、支払方法、価格維持の要請に対する協力の度合いなどを勘案して被審人の裁量で加減し、総マージン率約五パーセントの範囲で決定する。」

「(三)……卸売業者がこれを守らなかつた場合には価格維持に協力しないものとして右(二)による算定にあたつて不利益な処置をとる。」(審決六ないし八ページ)とし、この旨卸売業者に告知して価格維持をはかつたと認定している(審決一〇ページ)のに対して、上告人が、この感謝金の自由裁量による加減という不利益な処置によつて卸売業者と小売業者との取引を拘束したという事実は審判開始決定から審判手続が終結されるまで争点となつたことはないのであるから(この点の手続違背については別に述べる)、審査官、上告人の双方から立証がなされていないことは当然であつて、審決のいうような事実が実質的証拠によつて裏付けられるいわれはないことを主張したが(訴状一一ないし一七ページ、前出昭和四五年二月六日付準備書面(第四回)第一項(二)および原判決三丁裏)、審決の挙示する各参考人の供述ないし供述調書の各記載を綜合すると、これを認定することができ、かつ審判手続における参考人大野達雄、同安田英夫(但し、第一〇回審判期日におけるもの)の各供述を参照しても右認定を不合理とすることはできないとしている(原判決二六丁裏)。

(2) まず審決は価格維持の要請に対する協力度合を、売上伸長率、支払方法などの要素と併記して加減の要素としているが、このような程度の曖昧な認定では、価格維持に対する要請の「担保」として充分なものであるとの認定はできない。少なくとも、価格維持の要請に対する協力の度合が他の感謝金算定の要素と比してどの程度のウエイトを有するかが確定されなくては、卸売業者が「収益がえられないことも考慮せざるをえなくなる」(審決一六ページ)ほど金額が加減されるのかを判断することはできないからである。

したがつて、この点において感謝金が価格維持の要請に対する「強固な担保」であるとの審決の判断を肯認した原判決には理由不備の違法がある(前出昭和四五年二月六日付準備書面(第四回)第一項(二)(2))。

(3) この点に関する審決および原判決の認定が誤りであつて、むしろ感謝金は、(ⅰ)卸売業者に対するものは、七七〇円のミルクについて二〇円であること(審決のいうように五パーセントにあたらない)、(ⅱ)感謝金の場合はマーケット・シエアの度合、価格維持の要請に対する協力度合によつて差をつけないこと、(ⅲ)感謝金は一律に払うということが当初からの考えであつたことなどが事実であつて、審決およびその認定を肯認した原判決は、実質的証拠にもとづかずして事実の認定をなし、ひいては証拠上の理由不備もしくは理由に齟齬がある違法を犯している。

(4) また被上告人の主張するところによれば、「感謝金制度に関する個別的な立証方法が本件審判廷に顕出されたのは、第一〇回審判期日であり、それは、参考人安田英夫の審訊の結果としてあらわれている。」(被上告人昭和四四年七月三一日付準備書面第一項(三))のであるから、感謝金制度の内容およびその運営の実体についての認定は、他に物証などが存在しないので、第一次的に右安田参考人の供述によるべきである。

もし右安田供述によつて、審決や原判決のごとき事実が認定できないのであれば、さらに審理を尽すべきである(さればこそ上告人は原審においてこの点につき審理を続行し、証拠調を行なうことを強く要求した)。

安田供述によつては、審決や原判決のような認定はできず、他にこれを覆すに足る証拠の存在しない本件においては、むしろ逆に前記(3)のとおりの内容を供述しているのであるから、この点において、審決の事実認定を肯認した原判決は、採証の法則を誤つており、経験則違背もしくは審理不尽の違法がある。

(四) つぎに原判決は、前記のように上告人が仮に、自由裁量により「感謝金」を加減し得たとしても、上告人の当業界における市場占拠率が低いために、審決のいうような価格維持の強力な担保となり得ないと主張しているのに対して、これは、被上告人が審決の「事実及び証拠」第二の二において認定したところに基いてした上告人の採用した育児用粉ミルクの販売対策の実効性についての判断に外ならないから、これに対して実質的証拠がないと主張するのは当を得てないといつて、上告人の主張の内容に対する当否を判断することなくこれを斥けている(二七丁裏〜二八丁表)。

しかしながら、本件においては、上告人が当業界の商品市場条件の中において、その販売施策との関連において、卸売業者をその小売業者との取引において拘束しているか――その拘束が実効性を具備しているや否や(たんなる再販売価格維持の要請は違法なものとされていない)が最大の争点であり、かつこのことはそれ自身事実認定の問題であつて、原判決のいうように単なる判断の問題ではない。換言すれば、上告人がこのような拘束力を有するかどうかは、厳密に証拠によつて認定すべき事柄に属し、実質的証拠を欠如すれば、拘束力ありとすることは到底できないことは自明のことである。

原判決のいうように証拠によつて認定された事実のうえにたつた判断で足りるというものではなく、それ自身証拠によつて認定されなければならない。上告人はこの点において前記のように審決の認定事実を争い、かつ実質的な拘束力のないことを主張しているのであるから、原判決はこの点について証拠にもとづいて改めて上告人の主張に対する見解を示すべきであるのに、これをしなかつたのは、判決に理由を附せずかつ事実認定に関する法令の適用を誤つた違法がある。

(五) 上告人は、上告人の当業界における地位やその企業規模――特にその育児用粉ミルクの市場占拠率などの市場条件の中にあつて、上告人のとつた販売対策なるものは、上告人が卸売業者に対して出荷停止その他の制裁ないしその他の不利益な処分をとつたことも全くなかつたこと(この点については当事者間に争いがないか、もしくは被上告人より何らの立証もない)と相俟つて、卸売業者の卸売価格と販売先を拘束する力を有しなかつたことを強く主張したが、審決は、同種事案の訴外明治商事株式会社や森永商事株式会社には全くみられなかつた本商品の特性やこれにともなう上告人と卸売業者との取引関係を論じて、「同粉ミルクの市場占拠率いかんにかかわらず、卸売業者としては特段の事情のない限り同粉ミルクを取り扱わざるをえないから」(審決四〜五ページ)上告人の本件行為は卸売業者と小売業者との取引きを拘束する条件をつけて卸売業者と取引きしていると認定し、原判決もこれを是認している。

しかしながら、審決の説示するところの育児用粉ミルクの特性や上告人と卸売業者との取引上の関係は、前記訴外二社の場合と何ら異るところはないのであるから(少なくともその点の主張も立証もない)、商品の市場占拠率こそ拘束条件の実効性を実質あらしめる最大の要因である。もし、審決や判決のいうごとく「市場占拠率いかんにかかわらず」拘束力があるのであれば、むしろ他に右市場占拠率以外のそしてそれ以上の要因としての「特段の事情」を挙示することなくしては、審決および原判決の事実認定および法的判断は、到底首肯できない。

経済および取引界においても、再販売価格維持行為を実効あらしめる最重要の要因は、その施策をとる業者の市場占拠率そのものであるとのことは、顕著な事実である。

原判決は、この点において経験則の違背をおかし、かつ私的独占禁止法第二条第七項第四号不公正な取引方法の一般指定の八の解釈を誤つてこれを適用した違法がある。

(六) 上告人は、仮に上告人のとつた販売施策が、競争制限行為として実効性があつたとしても上告人の製品を取扱う販売業者間における価格競争(ブランド間競争)が若干減少するという影響をもたらすにすぎず、原告の製品と他社製品との間の価格と品質の競争は依然として存在し、かえつて上告人のような市場占拠率の低いブランドの製品が前記販売方針によつて販売力が強化されることにより、他社ブランドとの間の価格競争、品質競争がかえつて促進され、独占または寡占の弊害(不公正な取引方法は、私的独占を形成しまたはこのための手段であるとされている)を未然に防止することとなり、上告人の本件行為を私的独占禁止法および不公正な取引方法の八違反に問擬することはできないと主張した(原判決一一ページ裏)。

この点については、原判決に何ら触れるところがないが、判断遺脱の違法があるといわざるを得ないし、上告人の本件所為が不公正な取引方法の八に該当するとした原判決は、この点において法条の解釈を誤つて、これを適用した違法がある(United States v. Arnold, Schwinn&Co. et al. 388 U.S. 365(1966))。

第二点 原判決は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第二条第七項第四号、公正取引委員会昭和二八年九月一日告示第一一号の八(以下単に一般指定の八という)の解釈を誤り、同法令の違背がある。

一、原判決は一般指定の八に冠せらられた「正当な理由がないのに」との限定は「具体的な場合において、公正な競争を阻害する虞れのないものを除外する趣旨において」付されたものであり、「取引の合理性の観点ないし企業の自己防衛の観点等のみからみて正当の如くみえる場合をいうのではない」(三五丁裏)として、上告人の「正当な理由の存在」の主張を排斥した。

被上告人の審決は、右解釈の誤りをさらに端的に示しており、「正当な理由がないのに」という限定は、「一定の事項について拘束する条件をつけたとしても、その事項が公正な競争秩序とかかわりのないものであれば、そのような事項についての拘束は、公正な競争を阻害するものではないから、一般指定の八により規制を受けるべき事柄ではない。このような場合を、法による規制の対象から除外する趣旨で……」(審決書法の適用第三、第三点二(一))付されているという。これを要するに形式的には一般指定の八に定められた行為類型にあたるとしても、公正な競争を阻害しない場合には不公正な取引方法にならない、という趣旨を示したというのである(被上告人昭和四四年一二月五日付準備書面八ページ)。

二、さらに原判決は、「取引の対価は、当該取引当事者が独自の判断によつて交渉し、その合意したところによつて個別に決するものであるから、右当事者以外の者がこれに拘束を加えることは、まさに右取引の拘束に外ならないところ審決認定の原告の所為は――中略――まさに右八に該当するものといわなければならない」(三四丁裏)とし、また「原告の右所為は一般制度的な再販売価格維持行為といわざるを得ないから、かりに原告主張のような事実ないし事情(上告人の正当な事由の存在の主張を指す)が存在するとしても、直ちに原告(上告人)に右にいう正当な理由があると認めることはできない」(三六丁)とし、上告人が原審において主張した、育児用粉ミルクの商品としての特殊性、委託販売的性格を有すること、おとり販売に対する自衛上の措置であること、他の大手業者明治、森永の場合と異なり緩やかな制度でありかつ右二社に対抗する企業防衛上止むなく採られた措置であり、かえつて市場占拠率の低い上告人の場合はブランド間の競争を促しこそすれ公正な競争を阻害しないから正当な理由があるとの主張(原判決事実4、(ニ)、(3)九〜一四丁)を斥けている。

三、右第一項において指摘した一般指定の八の「正当な理由がないのに」についての原審の解釈、そして右第二項において指摘した正当な理由の存在についての主張に対する原審の判断を綜合すれば、原審は上告人の行為は、育児用粉乳の再販売価格を拘束するのであるから一般指定の八の不当拘束条件付取引に該当し、こと価格に関する拘束は、公正な競争を阻害するおそれがあるから、上告人の主張するごとき正当な理由の主張即ち社会通念上、あるいは経済合理性の観点からの主張は認められないという判断をしていることとなる。

四、原判決(被上告人も同様である)の右のような法の適用の誤りは、一般指定の八の解釈の誤りから生じ、公正な競争を阻害するおそれがないし、仮に若干の競争制限の効果(ブランド内競争の減少)があつたとしても、数多の正当な事由が存在することにより、不当な拘束条件付取引とはならない上告人の本件行為に、誤つて一般指定の八を適用したという法令の違背がある。

第一に、一般指定の八にいう「正当な理由がないのに」という文言を、原判決のように、形式的に該当するが実質的に公正な競争を阻害するおそれがないものを除く趣旨であると解することは、文理解釈上不自然である。実質的に違法でない行為は、「正当な理由がないのに」という文言を要せず、規制の対象とはならない。また原判決または被上告人の審決のような解釈を採れば、すべての取締法規には、形式的に該当するが、実質的に違法でない行為を除くため「正当な理由がないのに」という限定を付さねばならないこととなろう。

第二に、一般指定の八は、私的独占禁止法第二条七項第四号を具体化したものといわれるが、再販売価格の拘束が、他の取引条件の拘束と異なり、当然に公正な競争を阻害するおそれがあり直ちに不当な拘束条件付取引となるという解釈は引き出されない。同一般指定は、特に価格を他の取引条件と区別して規定してないから、価格については原則的にこれを禁止し、他の取引条件についてのみ「正当な理由」の存在を認めるということは、解釈上首尾一貫しない謬論である。

第三に、価格の拘束が、原判決または被上告人の審決のいうように無条件に「公正な競争を阻害するおそれがある」とするほど悪性のものであれば、私的独占禁止法第二四条の二第四項において「著作物」の再販売価格維持が無条件で認められていること、および同条第二項の指定商品について再販売価格維持(いずれも一般的制度的である)が認められていることと矛盾する。原判決の右のような解釈は、再販売価格維持を承認している明文の規定の存することと背馳する。

第四に原判決は、再販売価格の拘束がただちに不当な拘束条件付取引となるとの独断のもとに、上告人の本件行為を市場占拠率の高い明治、森永と同一の次元で公正な競争を阻害するものと判断しているが、これは不公正な取引方法取締の趣旨が、私的独占に至る手段として用いられていることを防止しようとする点にあることを忘却し、公正な競争を阻害するか否かという判断に際して、育児用粉乳の市場構造において上告人の置かれている弱い立場を無視していることとなる。この点につき、上告人は、市場占拠率の高い他の二社の場合とは全く異なる観点から正当な理由の存在、拘束の不当性のないことを主張し、他の二社の場合には公正な競争を阻害するおそれのある行為も上告人の場合はそのおそれがなく、かえつて育児用粉乳の市場における競争(ブランド間の競争)の強化に資することとなると主張した。これに対し原判決は、公正な競争のあり方についての理解を欠き一般指定の解釈を誤つたため、上告人の右主張を企業防衛上の必要という点のみから把握し、公正な競争秩序とは無関係の主張として排斥したという違法を犯している。

五、野田醤油株式会社が再販売価格維持を推し進めたことが独占禁止法第三条前段違反に問われた事件(公正取引委明会昭和二九年(判)第二号、東京高等裁判所昭和三一年(行ナ)第一号)において、野田醤油(キッコウーマン)以外の市場占拠率の低い他の三社も同様再販売価格維持を行なつていることを認めているが、一般指定の八違反に問擬していない。これは本件と酷似した事例であつて、原判決もしくは被上告人の立場をとれば、野田醤油以外の三社の再販売価格維持行為も不当な拘束条件付取引であつて、一般指定の八違反に問われるべき場合であるが、むしろ他の三社は被害者的な立場において促えられているようにみえる。この審決のように事案を当業界の市場構造全体との関連において促え、自由にして公正な競争についての正しい理解があれば、原判決のような一般指定の八の解釈を誤ることはない筈である。東京高等裁判所昭和二六年(行ナ)第一七号事件において、公正取引委員会はその答弁書において、再販売価格維持が競争に影響を及ぼすことがまれであるとの見解をのべている(審決集合本二三一ページ)。

六、私的独占禁止法の上で、再販売価格維持が直ちに不公正な取引方法とされないことについては、上告人が公正取引委員会の本件審判において提出した昭和四二年四月一八日付準備書面一六〇〜一八六ページの記載を援用し、上告人の行為がブランド間の競争を維持強化する効果があり、公正な競争を阻害しないという点について正当な理由がある、という主張については、原審における上告人提出の昭和四四年七月三一日付準備書面第五項および昭和四五年四月二日付準備書面第六項(一)の記載を援用する。

第三点 一般指定の八は私的独占禁止法第二条七項の委任の本旨にそわないから、同法に違反している。にもかかわらずこれを適用した原判決は破棄されるべきである。

一、上告人の本件行為は不公正な取引方法の一般指定の八に該当し、私的独占禁止法第一九条、第二条第七項に違反するとされる。

しかし、一般指定の八にかぎらず、不公正な取引方法の一般指定は、私的独占禁止法第二条第七項の予定した具体的な告示による指定ではなく、抽象的な法規と同様である。これについて原判決は、あらゆる事業分野の全体にわたつての適用を目的とする一般指定の本質上止むを得ないし、より具体的個別的に特定していると判断している。また不公正な取引方法のすべてについて具体的個別的に指定することは因難ないし不可能であり、ある程度抽象的一般的であることは免れ難い、という(三三丁裏〜三四丁表)。しかし、不当な景品類及び不当表示防止法における景品の規制と一般指定の六(これによつても不当な景品の規制――東京高等裁判所昭和三〇年(行ウ)第一三号株式会社大阪読売新聞社に対する件、昭和四三年(勧)第二号(株)綱島商店に対する件――がなされている)とを比較してみれば、どちらが抽象的で、どちらが具体的か明白であろう。また再販売価格維持の禁止にしても、このような行為は類型的にほぼはつきりしているのであるから(独占禁止法第二四条の二参照)、一般指定の八のごとき規定のしかたをせず、明確により具体的に禁止の趣旨を指定することができる筈である。それ故にこそ、告示という、敏速に変更、改廃の可能な法令の形式にゆだねているといえよう。したがつて、一般指定の八は法の委任の趣旨に副わない違法なものといわざるをえない。

二、とくに一般指定の八のうち本件に適用された部分は、私的独占禁止法の旧法第二条第六項第六号(これは不公正な競争方法であるが)と変るところがない。同号は「相手方と……もしくは顧客との取引……を不当に拘束する条件をつけ当該相手方に物資、資金その他の経済上の利益を供給すること」とあり、両者を対比すると、相違点は、一般指指定の八にある「正当な理由がないのに」と、旧法六号の「不当に」、一般指定の八の「これから物資、資金その他の経済上の利益の供給を受ける者」と旧法六号の「顧客」(両者は同一である)とに存在するにすぎない。かえつて旧法六号が「不当に拘束する」と規定しているのに対し、「正当な理由がないのに」と変つていることは、旧法よりも一般指定の八が規制の対象を広げたとの非難を受けても止むをえないであろう。また旧法の第六号は法律として存したものであるが、これが告示によつて一般指定の八に復活したことは、不正当な取引方法の指定という形で法律を制定したことと等しく、現行独占禁止法第二条第七項の範囲を逸脱していることは明白である。

三、原判決が一般指定の合法性の根拠として掲げた理由は、説得力に乏しい。具体化個別化したといつても、法律の規定において「不当に」という限定をしているのに対し、一般指定においても、「不当に」という言葉が冠せられているのが一、三、五、六、一〇、一一、一二号であり、二、四、七、八、九号には「正当な理由がないのに」という言葉が使用されている。これは法律の「不当に」という要件が全く具体化されていないことと等しい。行為の類型化の操作が多少見られるにしても「不当に」という言葉が繰返されているので、行為の類型化は意味がないこととなる。

「正当な理由がないのに」という限定が、原判決のいうように、形式的に該当するが実質的に公正な競争を阻害するおそれがないものを除外する趣旨であれば、これも同様実質的には具体化されていないことに帰する。すなわち、「正当な理由」については、一般指定の各号に外形的に該当する行為のうち実質的に公正な競争を阻害するおそれがないものを除くという趣旨で置かれたのであれば、これまた指定の実質をそなえたことにはならない。何故ならば、一般指定に形式的に該当する行為について、あらためて公正な競争を阻害するおそれがあるかどうかを再検討せねばならず、指定された一般指定からふたたび指定の根拠となつた独占禁止法第二条第七項にもどつて判断せねばならないからである(指定がないにひとしいと同じ結果になる)。この関係を図に示せば左のとおりである。(図面は末尾添付)

要するに右図のうち「不当に」あるいは「正当な理由がないのに」という限定によつては、ボーダーラインがはつきりしないから、もう一度公正な競争を阻害するかどうか、法律の規定にもどつて判断せねばならない点、指定が無いのとひとしいといわざるをえない。

第四点 私的独占禁止法第二条第七項は憲法第四一条に違反する。

一、上告理由第三点で述べたように、不公正な取引方法の一般指定は、独占禁止法第二条第七項の委任の趣旨を逸脱しているので、同法に違反する無効なものである。しかし仮に原判決のいうように、一般指定が同法の委任の趣旨に反しないというのであれば、独占禁止法第二条第七項は、不公正な取引方法の構成要件を定めることを行政官庁たる公正取引委員会に白紙委任したこととなる。

事業活動は本来自由であるから、その自由を制限するには、国会の定めた法律によることが必要であり、行政官庁の裁量にまかせることはできない。命令でこれをなす場合であつても(不公正な取引方法の指定は告示でなされる)、法律が明文で個別的具体的に委任している場合に限られ、一般的抽象的に白紙委任することはできない。ところが独占禁止法第二条第七項は、不公正な取引方法を定めるにあたつて一応の体裁をそなえているものの、実質はそれが何であるかというに、公正な競争を阻害するおそれがあるものであること、「不当に」……することおよび公正取引委員会の指定するものであること、との三つの要件を定めているにすぎない。

二、「不当に」という要件を除けば、同法第二条第七項一号ないし六号は通常の事業活動、競争方法であつて、非難に価するものではない。したがつて、同法第二条第七項は、不公正な取引方法を明確に定めているとはいえない。あげて公正取引委員会に、何が不当であるかの判断、何が公正な競争を阻害するおそれがあるのかの判断を白紙委任したことと同一に帰する。このような法の白紙委任にもとづき、公正取引委員会は、現行の一般指定のごとき抽象的にして不明確な不公正な取引方法を指定している。したがつて独占禁止法第二条第七項は命令に委任しうる限界を超えているから、国会が唯一の立法機関であるという憲法第四一条に違反し無効である。かかる無効の法律およびこれを根拠とするために無効であるところの一般指定の八にもとづき本件行為を独占禁止法違反に問擬することは憲法第四一条に違反することとなる。

第五点 原判決は公正取引委員会の審判手続違背を看過し、かつ最高裁判所の判例に違反している。

公正取引委員会はその審判において、少なくとも次の三点の審判手続違背を犯している。

(1) 勧告書、審決案の主文においては、いずれも「レーベンスA」新製品、「レーベンスN」を対象商品として排除商品措置を命じ、審査官の意見書においても、「レーベンスA」新製品および「レーベンスN」について排除措置を命ずることを主張している。ところが審決に至つて、たんに「育児用粉ミルク」に変り、これに対して排除措置を命じている。審決案の送達後審決までの間においては、審判期日がひらかれず、したがつて上告人としても審判を再開することを求める機会は全く無く、上告人が昭和三九年六月二九日の営業部長会議において定めた販売対策が「レーベンスA」新製品および「レーベンスN」に対するものであつて、一般的な育児用粉乳に対する販売対策ではないこと等の主張立証の機会を奪われた。被上告人の審決は、審判を求められた範囲を逸脱して審判をなしたという手続違背があり、かつ上告人の防禦権行使の機会を奪つたという違法がある。原判決はこれを看過し、審決を容認しているという違法がある(原審において上告人が提出した昭和四五年二月六日付準備書面第三項(四)のとおり)。

(2) 審判開始決定書によれば被疑事実は、上告人が卸売業者を登録し、登録した卸売業者以外には育児用粉乳を販売せず、再販売価格維持等を条件に卸売業者を登録したことが不当拘束条件付取引に問われたものであるが、審判の過程において卸売業者と小売業者との間に取引を拘束する条件を付して卸売業者を登録したという事実は存しないことが立証された。ところが審決の認定したような感謝金制度については、審判開始決定書に記載がないのみならず、審判中において審判開始決定書記載事実の訂正の申出もなかつたので、上告人はこれについて全く防禦することができず、不当に防禦権を侵害された。これに対し原判決は、被疑事実は育児用粉乳の販売対策が不公正な取引方法に該当するか否かであつて、感謝金の問題は右販売対策の一環として、審判開始決定書の記載事実と同一性の範囲にあるから、防禦権の制約にならないとの趣旨の判断をしている(三一丁表裏)。原判決は、訴因を変更しうる範囲である公訴事実の同一性の問題、あるいは請求もしくは請求原因の変更を可能とする請求の基礎の同一性の問題と、攻撃防禦方法を尽すための訴因または請求の原因の変更との問題を混同しているのではないかと思われる。販売対策は社会的経済的な事実であつて、そのような事実の記載と適用法令のみでは、何が不当な拘束条件付取引なのか不明であり、被審人としては防禦を尽すことはできない。審判の対象はあくまで法律的に構成された不当拘束条件付取引とされる事実の有無であつて、販売対策のごとき社会的経済的事実は、潜在的に審判の対象となりうる蓋然性をもつているにすぎない。したがつて、審判開始決定書に記載された被疑事実の要旨を変更することなく、審判開始決定書記載の事実と異なる事実を認定しうる範囲は、販売対策のごとき社会的経済的事実としての同一性の範囲ではなく、最高裁判所の判例のごとく「審判開始決定書記載事実の同一性を害」しない場合であり、同記載事実と「多少異つた事実」(第三小法廷昭和二九年五月二五日判決、昭和二六年(オ)第六六五号)にわたる場合である。原判決の前述のごとき判断は、右最高裁判所の判例にも違反する。

(3) 被上告人は審判において、不当に上告人の防禦権の行使を妨害し、証拠の申出(昭和四一年一一月二四日付文書提出の申立)を却下し、明治、森永の審判事件記録の閲覧を拒否した。これについて原判決は前者はたんに必要性の観点と、立証事項が審判の結論を左右するに足りると認められないとの理由で、後者は上告人が独占禁止法第六九条の利害関係人の範囲にあたらないとの理由で閲覧申請却下を認容した(二八〜二九丁表)。また、原審においては、右各証拠の再度の申出と新証拠の申出(昭和四五年一二月一〇日付書面による)を却下した。独占禁止法第八〇条によれば、審決取消訴訟においては実質的証拠の存在により裁判所の事実認定が拘束され、同第八一条第一項によつて新証拠の申出が制限されている。このように行政処分である審決に対する司法審査が証拠の面から制約されている以上、証拠の採否は慎重たるべく、不当に証拠の申出が容れられない場合は、単に独占禁止法第五二条第一項に違反するのみならず、裁判を受けるという憲法上の権利を剥奪されたものと同一の結果となる。原判決は、右のごとき審判における被審人側の防禦権の行使の不当な制限を看過し、自らも理由を付することなく前記上告人の新証拠の申出を却下した点は、独占禁止法第八一条第一項に違反するものである。また、被上告人が同法第六九条の利害関係人の範囲を理由なく限定して、審判記録の閲覧謄写を拒否した点、原判決がこれを認容した点、いずれも法第五二条第一項の防禦権を故なく不当に制限するものであつて、同法に違反する。

第六点 原判決は証拠に基づかずして判決をなした違法及び訴訟手続違背がある。

一、原判決は事実において証拠の標目を掲げていない。原審においては公正取引委員会におけける審判記録中の証拠をどのように取り扱うのか不明のまま、新たなる証拠の申出も理由を付せず却下して裁判を終つている。公正取引委員会の審判は行政処分であるから、これを第一審として取扱うことは不可能である。原審は民事訴訟における続審でもなく、刑事訴訟における事後審でもない。行政処分の当否を争う純然たる第一審の訴訟手続である。したがつて、証拠調の方式としては、公正取引委員会の審判における証拠を引用するというのでは足りず、新たに証拠の提出を必要とし、これに基づいて裁判をせねばならない。要するに公正取引委員会の審判における参考人の供述も、書証として提出することを必要とし、法廷における供述と同一視することはできない。原審が、公正取引委員会の審判をあたかも第一の訴訟手続を経たもののごとく誤解し、何らの証拠の提出もなく、新たな証拠の申出についても理由を付せずに却下している点は、第一審としての原審がその当然なすべき証拠調を怠つたという訴訟手続違背の違法がある。

二、従来の公正取引委員会の審決取消訴訟の判決においては、すべて事実中に取調べた証拠を摘示し、新しい証拠の申出に対しては、それを取調べなかつた場合にも理由を付して、申出のあつた事実を記載している(東京高等裁判所昭和二五年(行ナ)第二一号、同二六年(行ナ)第一七号、同二八年(行ナ)第七号、同三一年(行ナ)第一号の各判決参照)。これは審決取消訴訟が違法な行政処分の取消を求める第一審の訴訟である以上当然のことである。原判決をみるに、原審において取調べた証拠の標目が摘示されていない。これは証拠を取調べなかつたことを示すものであり、重大な訴訟手続違背である(民事訴訟法第一九一条、刑事訴訟法第三三五条第一項参照)。

三、独占禁止法第八〇条、第八一条は、憲法第三一条に保障された裁判を受ける権利及び憲法第七六条第二項の重大な例外をなすものである。したがつて、右例外規定を拡大して解釈することは許されない。しかるに原判決のごとく、証拠の摘示もせず、新しい証拠を取調べないことについて理由も付さないという訴訟手続違背を、独占禁止法第八〇条、第八一条が認容しているとすれば、同法は憲法第三一条、同第七六条第二項に違背し無効である。

第七点 審決は主文と理由とがくい違つており、理由不備の違法がある。

一、審決は主文において「育児用粉ミルク」の販売に関して排除措置を命じている。しかるに審決は、上告人製造にかかる「レーベンスミルクA新製品」および「新生児ミルクレーベンスN」の販売対策について違反事実の認定をしているにすぎず、これが主文の「育児用粉ミルク」とどのような関連があるのか説明を欠いているから、理由不備の違法がある。原判決はこの点に関し、「前記販売対策がその対策の商品名(ブランド)いかんにかかわらず採られるべき性質のものであることはみやすい道理であるから……」(三二丁裏〜三三丁表)として審決を支持しているが、対象の商品名いかんにかかわらず採られる販売対策というものは市場において考えられず、原判決のような推論(証拠は全くない)は許されない。原判決もまた理由不備の非難を免がれ得ない。

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